もっと自由に、もっと楽しく

日本人が日本茶を愛せないワケ。
いつからでしょうか?
わたしたち日本人が、日本茶よりもコーヒーを愛すようになったのは!
いまや、コーヒーの消費量は、お茶の5倍以上にもなるそうです。
いったいなぜ、日本人は日本茶を愛せなくなってしまったのか?
シンプルに、お茶がおいしく感じられないのか?
茶道への「3K」のイメージ (堅苦しい・小難しい・怖い)があるのか?
コーヒーの魅惑的な香りにやられてしまい、もう戻っては来られないのか?
わたしたちが考える一番の理由は、日本人が本来持っていた「お茶を自由に、楽しく飲む」という文化が見失われてしまったことです。

究極の“茶のこころ”は、「暮らしを楽しむこと」にある。
かの天才茶人・千利休は“茶のこころ”について、こんな言葉を残しています。
「茶の湯とは、ただ湯を沸かしてお茶を立て、飲むばかりなることと知るべし」。
(お茶は小難しいものではないぞ。ただお湯を沸かしてお茶を立て、仲間と楽しく飲めばいい!)
利休は、お茶そのものではなく、お茶を飲みながら過ごす“時間”が大切で、「日々の暮らしを楽しむこと」こそが茶の極意と説いています。そう考えてみると、日本人が日本茶を愛せない理由が見えてきます。
わたしたちは、日常の忙しさに追われて、友人や家族のためにお茶を淹れたり、自分のためにティー・ブレイクをする時間を失っているのです。
日々の暮らしの中で、お茶を楽しむ余裕がないのです。


「美の茶会(Tea Party)」を、みんなで愉しもう。
日本人として、生活のさまざまなシーンでお茶を愉しめるような、上質で、豊かな暮らしを取り戻すこと。日々の暮らしに「美」を取り戻すこと。
そのために、わたしたちは『美の茶会』をスタートすることにしました。
お茶の聖地・美濃から発信することから、「みの ちゃかい」と読みます。
茶道の「茶会(Tea Ceremony)」ももちろん素敵ですが、わたしたちがやりたいのは、もっと気軽な「お茶会(Tea Party)」です。
これからさまざまなゲストをお迎えして、きもちのいい場所で、お気にいりのうつわで、大好きな仲間たちと、おいしいお茶を飲んで、愉しんでいきます。

